大正4年11月 御即位の大典を記念するために、河井臥龍(真龍寺住職)の発企にて、前東京帝国大学総長男爵山川健次郎閣下本願寺執行長利井明郎師外、二百八十余名の賛助員及び篤志維持員二百余名の援助により創立された。

大正5年2月 設立許可を受け同年四月一日若松市堅三日町三番地仮園舎に会津保育園として開園。

大正6年10月 若松市行人町六十番地に建設された新園舎に移転。

大正13年7月 皇太子閣下御慶事記念として遊戯室及び保育室の増築を計画し、落成式を挙行する。

昭和4年2月 河井臥龍(死亡)園長を退く。

昭和4年4月 松山良純(福証寺)園長に就任。設置者「河井トミ」と変更(認可を受ける)。

昭和22年3月 松山良純園長の職を解く。

昭和22年4月 河井英龍園長に就任。

昭和24年6月 名称変更許可申請し許可通知を受け名称を「行仁幼稚園」と改める。

昭和33年3月 河井英龍園長職を退く。河井トミ設置者の席を退く。

昭和33年4月 河井倭文子園長に就任。河井善龍行仁幼稚園設置者として認可を受ける。

昭和36年8月 園舎一部改修(竹組及び玄関)。

昭和36年4月 行仁幼稚園父母と教師の会発足。初代会長 室野井八平氏。

昭和50年11月 太平住宅株式会社へ建築申込書提出。

昭和51年4月 土地賃貸契約書をとりかわす。
鈴木 豊氏 144.55m2
木鋤留蔵氏 39.675m2
万波庄八氏 588.000m2
土地売買契約書をとりかわす。
万波 真氏  32.000m2

昭和51年6月 造成工事着工。

昭和51年7月 地鎮祭。太平住宅株式会社と建築契約を結ぶ。

昭和51年8月 園舎建築着工(棟上式)。

昭和51年10月 学則変更届を提出。
学校法人白梅附行為許可申請。

昭和51年11月 名称変更届を提出。
変更前 行仁幼稚園
変更後 学校法人白梅 白梅幼稚園
位置変更届を提出。
変更前 会津若松市行仁町5番地36号
変更後 会津若松市一箕町大字鶴賀字下柳原158-1
定員変更届を提出。
変更前 120人
変更後 200人
「学校法人 白梅」認可される。
白梅幼稚園園舎工事完成。

昭和51年12月 新園舎に初登園 在園数
年長2クラス77名・年中3クラス73名・年少1クラス29名
普通保育開始。

昭和52年3月 落成祝賀式。

昭和60年12月 白梅幼稚園南側隣接地(田んぼ)購入。
地番160-2・159-1

昭和61年3月 埋立工事完了。

昭和61年10月 学校法人白梅白梅幼稚園10周年・東行仁幼稚園20周年記念式典を会津平安閣で開催。

平成3年4月 幼稚園設置基準の改定に伴い1クラス35名定員の実施を目指しまた父母の要請により保育室1棟47.20m2を増築。

平成4年11月 学校法人白梅理事長・設置者・白梅幼稚園園長である河井善龍(死亡)理事長・園長職を退く。
橋本希義が学校法人白梅 白梅幼稚園園長職に就任する。

平成5年3月 保育室の改修工事及び床の張り替えを行う。

平成7年12月 学校法人白梅 白梅幼稚園20周年記念事業を会津平安閣で開催白梅幼稚園園歌制定し発表会を開く。
作曲 早川史郎(聖徳大学短大部教授)
作詞 橋本希義(白梅幼稚園園長)

平成13年11月 白梅幼稚園改築移転計画を理事会にて承認。

平成14年7月 白梅白梅幼稚園新園舎着工。

平成15年1月 白梅幼稚園新園舎引き渡しを受ける。

平成15年3月 白梅幼稚園環境整備事業完了。

平成15年4月 子育て支援センターにて未就園児クラス「アイアイキッズクラブ」開設。

平成19年4月 白梅幼稚園定員変更申請が許可となり230名の定員となる。

平成23年4月 学校法人白梅 認定こども園 子どもの森となり、「 認可保育園 会津保育園」開園。
建物構造 木造 面積559.65m2

平成24年4月 河井倭文子が理事長を退く。橋本希義が学校法人白梅理事長に就任する。
学校法人みづほ幼稚園廃園に伴い、建物・敷地を寄付される。

平成26年4月 会津保育園48名 定員変更。

平成27年4月 「子ども子育て支援」新制度へ移行し、新幼保連携の認定こども園となり、定員289名となる。